現地採用された皆さんの声 vol.90

2015年7月より 日本に帰国し日系企業経営企画部アジア室勤務

Cさん 男性 30歳

僕は、シンガポールでYNから日系企業の電気関連営業職を紹介してもらい、約5年勤務し、今年の7月から日本の会社で働いている。

 

もうだいぶ前のことなので、就職活動のときの細かいことは覚えていない点も多いが、そのときエージェントに伝えたのは、いずれ日本に帰る計画であること。海外で働くことは僕のキャリアの一部であり、そこで得るものを得て、最終的には帰国したいと考えていた。いや、長く海外で働きたいという気持ちがどこかにあったかもしれないが、家族の問題やその他の制約があり、一生海外で暮らすことは僕の考えから除外されていた。

 

もちろんであるが、入社するときに、5年で日本に帰りますとは言わなかった。入社してからも、僕の人生設計については上司には告げず、むしろ、できるだけ長くこの会社で頑張りたいという態度で通してきた。5年もいれば上司や同僚の顔ぶれも変わるし、僕を取り巻くさまざまな環境も変わる。だからもしかしたら、僕がもっと長くシンガポールで生活したいと思える環境に変わったかもしれない。でも、僕自身の環境は変わらなかった。

 

 

具体的には、昨年の年末頃、親しくしていただいていた直属の上司には日本への転職を考えていることを伝えた。親身に相談にのってもらい、僕の考えにも一定の理解を示してもらったが、例えば同じ会社の地方の支店などへ移動できないかといった案は残念ながら見込みはないと思う、と言われた。同時にできる限りの協力はするよ、とも言ってもらえた。

 

 

YNは日本とのネットワークがないということだったので、シンガポールの他の人材紹介会社でも日本での就職について相談したが、結局はどこも、日本で一度登録手続きをしてからということで、支店同士の情報共有はあまり積極的でないようであった。

 

なかなか日本での就職活動が思うように進まない中、タイムリミットが近づいていた。雇用契約書上では1ヶ月前の退職通知が必要であったが、社内には3ヶ月ほど前に退職の意思を示した。そこでもし会社に居づらくなったり、辞めるならもう来なくてもいいぞと言われた場合は躊躇なくそのまま退職して日本へ帰国しようと思っていた。

 

退職の意思表示をしてからは徐々に業務を引き継ぎ(結局後任者が入社したのは僕が退職する2週間前だった)取引先への挨拶などとあっという間に時間が過ぎていった。シンガポールの取引先への挨拶はもちろんだが、既に日本に帰国されている方でも特にお世話になった方へはメールで挨拶させてもらった。現在勤務している会社は、その、既に帰国してしまった顧客の取次ぎで就職させていただいた。

 

シンガポールに居た時間は5年間と短かったし、現地採用として厳しい環境の中で働いていたし、グローバルに活躍したかどうかというとそんなこともない。僕が働いていたのはバリバリの日系企業だった。しかし、今こうやってその5年間の経験を生かして日本で仕事ができていること、また5年間が僕の長いキャリアの中で大変貴重な時間だったと今思えていることが、シンガポールで就職をして得た一番大きなものではないかと思っている。

 

(YNさん、お世話になったときの就職活動の話ではなく申し訳ありません。)